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お稲荷さんについて

ここでは「お稲荷さんについて」「錚々(そうそう)たる人達の参拝者」「お稲荷さんの恩恵、ご利益」「お稲荷さんの祟り」「お稲荷さんの誤解」「お稲荷さんの病気平癒」を書かせて戴きます。

12.桜ロゴ1その一、「お稲荷さんについて」

お稲荷さんは私達皆様にとても身近で庶民的な神様です。お稲荷さんと聞きますと現代の方々は「商売繁盛」という言葉が一番に浮かぶかも知れません。それも確かですね!。実はお稲荷さんは豊作の神様、「五穀豊穣」稲魂(いなだま)の神様として祀られて居りました。

その昔、奈良時代、裕福な豪族秦氏(はたし)の棟梁(とうりょう)でした秦公伊呂巨様(はたのきみ いろく)様は木に餅を置き、その餅、目掛けて矢を放ち見事命中、その餅は白い鳥と変化(へんげ)し稲荷山の三ヶ峰に辺りに飛び去ったという言い「餅の的」の伝えが有ります。その方向に向かって秦公伊呂巨様が鳥を探しに行きますとその稲荷山の三ヶ峰辺りに黄金色に育った稲穂が豊かに実り広がっていたそうです。

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秦公伊呂巨様は「これは豊作の神の力に違いない。」とそこにお社を建て神様を祀ったのでした。この稲荷山は神の山としてもその昔から崇(あが)められていたお山です。稲成(いねな)りは「イネナリ」と読まれ、その後「イネナリ」が「イナリ」と変化し現在の稲荷と伝えられているのです。

当時の食料、稲は生活の部分で大変に重要な食料源でした。その稲がねずみ等に食べられてしまわれたり鳥たちに食べられたりと頭を悩ませて居た時、狐が現れそのねずみや鳥たちを食料としていた事で農民たちは大変にその狐を大切な存在として敬ったとも言われて居ります。隣国の中国では狐は大変に霊格の高い動物として崇められているのです。狐は「お稲荷さん」の使いのモノとして役目を担っているのです。

現在、お稲荷様の最高主祭神は稲魂の神様として祀られて居ります宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)様です。のち大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)様、佐田彦大神(さたひこおおかみ)様、稲荷神社三座となります。その後、四大神(しのおおかみ)様、田中大神(たなかのおおかみ)様が加わり五座「稲荷五社大明神」と総称されて居ります。

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眷属神として稲荷山の一ノ峰に御鎮座されて居られます「末広大神(すえひろおおかみ)」様は宇迦之御魂大神様の分霊(わけみたま)として祀られた神様で大神様とご同体とされて居ります。「小薄(おすすき)」という名で呼ばれて居りました。 天狐(てんこお)という神霊孤の霊格をお持ちで在られ千年以上生きて修行を積まれ千里の先の事も見通すと言われる神通力を備えていらっしゃいます。 また命婦専女神(みょうぶとうめのおおかみ)様は「阿古町(あこまち)」の名で末廣大神様の妻にあたる霊孤です。別名、白狐(びゃっこ)様と呼ばれて庶民に親しまれている眷属様です。お名前の由来等に付きましてはここでは割愛させて戴きます。

古くから稲荷山に巫女の守護神としてお祀りされて居り世を守り、物を利する願いを持ち稲荷大神様の眷属を代表するお立場です。凶事を告げられた後に吉方に導く事をして戴けるとても霊格の高くお力の有ります眷属様です。大自然の神秘を感受する霊能は人間よりも遥かに鋭く敏感で在られます。私たちに代わって願望を神さまへ取り次いで下さる素晴らしいお力を備えた眷属様なのです。

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12.桜ロゴ1その二、錚錚(そうそう)たる人の参拝者

お稲荷様の総本山と言いますとやはり京都は伏見稲荷大社が一番ではないかと思います。現在、年間の参拝者数はその年毎に順位は変わりますが現在は日本第三位です。「凄いですね!」の一言です。

今現在、伏見稲荷大社の参拝者の多くは我が日本の人達だけでなく国外の方々がとても多く参拝をされて居られます。外国の方から見ますと赤い鳥居門が不思議に感じるそうです。ではもっと昔の参拝者の方々はどんな方が来られたのでしょうか?

日本の古書文献を見ますと色々と書いて有ります。稲荷山、伏見稲荷大社の歴史は古く1300年以上の歴史が有ります。又、それ以前、更に古墳時代より稲荷山は神奈備(かんなび)神宿る山、神が鎮座する山として色々と祀られて居たのです。国を統制して居られました朝廷から歴代の天皇、歴史に残る色々な方々が稲荷山、伏見稲荷大社に参詣をされています。

平安時代、「枕草子」で有名な清少納言様も参詣をした一人でとても有名な事です。近代では経済界の重鎮で有りました松下幸之助様も参詣して居ります。ここで参詣者の方々の名を連ねていきますと大変な数となります。「一生に一度は富士山に登りなさい。」もう一つ「「一生に一度は伏見稲荷大社に参拝をしなさい。」です。大神様は皆様を優しく暖かく迎えて下さります。

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12.桜ロゴ1その三、「お稲荷さんの恩恵、ご利益(りやく)」

参拝に行きますと分かります。赤鳥居の数たるや大変な数です。鳥居の大きさも大きなものから小さいものまでその数も大変な数です。その赤鳥居の門に書き込まれています会社名、個人名を読まれても分かります。一部上場の会社や又個人でのお名前、お稲荷様の恩恵ご利益を戴き、そのお礼、恩返しに赤鳥居や灯篭、狐像、御簾(みす)等々(などなど)色々とご奉納されて居るという事です。

お稲荷様のお力はその思いを成就に導きそして叶えるお力を持って居られると言う事、どれだけそのお力が強いかお分かりになると思います。「商売繁盛」「家内安全」「五穀豊穣」「学業成就」「縁結び」とあらゆる願い事を叶えて戴ける「万能」の神様なのです。当然、「棚から牡丹餅」はダメですよ。努力は必ずする事です。大神様はしっかりと皆様一人一人を暖かく静かに見守られているのです。

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12.桜ロゴ1その四、「お稲荷さんの祟り」

祟りはお稲荷様に限らず、「怖い」し「とてもイヤです。」!ここでのお稲荷様の祟りのお話は豊臣秀吉様がとても有名ですので私共の解釈を少々入れつつお話を進めて行きたいと思います。

秀吉様は五十四歳で天下人になられたお方です。幼少の頃より母、仲(なか)様にお近く有りましたお稲荷様に連れて行かれ手を合わせる事が生活の一部でした。母のの願いは秀吉の出世です。秀吉、持ち前の社交性と心の気遣い等がどんどん出世道まっしぐらです。やがて秀吉様は天下人となり「誰も彼もが俺様の言う事をきけ。」と思い始めるのです。人間というモノは権力が我が物になりますと傲慢(ごうまん)我儘(わがまま)、服従と自分に背くものに対しては容赦なく斬り捨てるという誠勝手な生き方をされてしまうのです。この当時の時代背景では特にそうなのでしょう。

その結果、秀吉様の娘、豪姫様がキツネに憑かれる憑依が発覚、秀吉様はその怒りの矛先を伏見稲荷大社に向けたのです。秀吉様の怒りが中々鎮まる事が無いまま、今度は一番大事にして居りました母君、仲大政所(なかおおまんどころ)の具合が悪く為ったのです。秀吉様も伏見稲荷大社の怒り所ではなく母君の具合が良くなるようにと権力の力を持って国中の医者を呼び母君の容態が良くなるようにと努力をするのですが母君の容態は一向に良くならず悪くなる一方でした。

天下を取った天下人、秀吉様でも母の痛み容態を良くする事が出来ない事に戸惑いと己自身の力の限界に気付いたのではないかと思います。そして最後に願い頼った所、そこは怒りの矛先を向けていました「伏見稲荷大社」だったのです。

秀吉様が伏見稲荷大社に母、仲大政所の病気平癒を願う祈願書状を自ら書き送って居ります。現在、伏見稲荷大社にその直筆の祈願書状が保管、残されているのです。

大神様はその願いをしっかりと受け止め母、仲大政所の容態はみるみる良くなり、秀吉様はそのお礼とし伏見稲荷大社の楼門がご奉納されたのです。この楼門、京都一の大きさだそうです。

この母君の祟り、娘、豪姫の憑依、とても怖く殺されていまうのではないかと思いますが、私共は豊臣秀吉様の母君の件、娘様の件はドロドロした怖い祟りとしてでは捉えていません。祟りと古書等には書かれ記されていますが少々違うのではないかと思います。その当時の秀吉様の目に余る行為、大神様は秀吉様を大きな慈愛で観て居られ秀吉様自身、己を見つめさせる為、一番の効果が秀吉様の娘、豪姫で有り、それでも気付かないようであれば母、仲大政所にその矢を向け秀吉様に「秀吉本来の己とは?」と包み込む慈愛の心で秀吉様を観られていたのではないかと思います。

そして秀吉様自身、母に対して何も出来ない自分の力の無さに不甲斐無い気持ちとなります。幼少より手を合わせていました「お稲荷様」そして「伏見稲荷大社」に素直に自分と言う者の力の無さを認め母の為に大神様に素直な御心で手を合わせるように為られたのではないかと思います。 秀吉様はその気持ちで自分自身、祈願書状を書き懇願される。大神様は「己の力の無さを認めたの。」と素直な気持ちに組んで豪姫、母、仲大政所の病気を一掃し良くされたのではないかと思います。祟りという言葉で当て嵌(は)めるのは少々違うかも知れません。

では「祟りとは?」となりますが実際にあるのも確かです。「お稲荷様」を粗末に扱う、「お社」を勝手に壊す等、このような事が有りますと確かに身の回りや己自身に禍(わざわい)が来る事も有ります。これは何も「お稲荷様」に限らずどの神様でも粗末にしたり勝手に壊して仕舞われたりする行為があれば例え「誰にも見られていない」と思われて居ましても大神様は観て居られます。必ずその報い、要するに「祟り」という言葉に近い事がその当事者に起きてきます。そのような行為はしてはいけないのです。

12.桜ロゴ1その五、「お稲荷さんの誤解」

先程の「祟り」のお話をしましたがこの「祟り」「霊障」「憑依」がすべて正神界の稲荷神なのかと申しますとそうではないのです。髙野みどり先生、私共は日々神事におきまして「大祓詞」他「祝詞」を奏上させて戴いて居ります。

その祝詞文の一つに「稲荷大神秘文(いなりおおかみひぶん)」が有ります。その祝詞文中に「稲荷の八霊五狐(はちれいごこう)の神(しん)」と書かれています。稲荷神には「五狐の神」で有ります。その神々を順に書きますと先ずは、一、「天狐(てんこお)」、二、「地狐(ちこお)」、三、「空狐(くうこお)」、四、「赤狐(しゃっこお)」、五、「白狐(びゃっこお)」が在られます。この五つの神々は正神界の眷属神で有ります。しかし「稲荷の八霊」と書かれていますように残りの三つの霊はと申しますと、この三つの霊こそが厄介な事を引き起こします「霊狐」でございます。

「野狐(やこ)」「風狐(ふうこ)」「艶狐(えんこ)」です。これら「霊狐」はとても自己顕示欲が強く「我を崇(あが)め奉(たてまつ)れ!」と言わんばかりの傲慢な霊狐たちが多いのです。これらの「霊孤」を崇め奉りの時は良い事も有り私共、人々は「ワァ~、お稲荷さんのご利益だ!」と喜び手を合わせるのです、先程も書きましたが「霊孤」の力はソコソコ有ります。しかし性格は気まぐれで気分や自己顕示欲が強い性格です。「お前らにご利益を上げたのだからその見返りをよこせ!」とその方々にその見返りをドンドンと要求してきます。

どのようなモノか?それはその時々により違います。その方々が応えられないような事をドンドンと要求してきます。それが叶わぬと「さァ~大変な事になります!」御商売をされて居ます方なら一気に御商売は傾き始めます。それだけで留まる事は有りません。家族の絆が崩れて行く事も有ります。まだまだ有ります。その方の命をも取られて仕舞う事も有ります。これは私共、実際、神事の中で経験をし体験からの怖い話しで実際にある事なのです。 このように「お稲荷さんの誤解」ではこの三つの霊「霊孤」が禍(わざわい)祟りを起こすモノたちなのです。「正神界」の大神様はそのような事は為さりません。どうぞ皆様は「正神界」の大神様に手を合わせられ「正神界」の大神様を是非とも祀られて戴ければと思います。

※ここで厄介な三つの「霊孤」が何故、正神界の眷属神の中に「霊孤」として一緒に祝詞に書かれ居るのか詳細な事に付きましては此処では割愛させて戴きます。 その内容に付きましては又、改めて記述をさせて戴きたいと存じます。

12.桜ロゴ1その六、「お稲荷さんの病気平癒」

それでは最後に「お稲荷さんの病気平癒」についてお話させて戴きます。貞観(874年)京都で大変な疫病が流行し人々が大勢亡くなる事が有りました。その時、天皇は「お稲荷様」京都伏見稲荷大社に人々の病気平癒を願う所願しますとその疫病は忽(たちま)ち治まったと言う古書記述が有ります。その後、貴族から庶民まで稲荷神に手を合わす事となり「お稲荷様に手を合わせれば病気平癒のご利益がある。」と広まるのです。稲荷詣でが大変に尊ばれる事となります。

「お稲荷さんの病気平癒」では例えば「私はガンになりました。どうぞこのガンをなくして戴けますでしょうか?」と願えばその願いが叶うかと申しますとそれは私共には分かりませんと応えるしか有りません。全て大神様の御心(みこころ)のままなのです。

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現代の言葉で「ミラクル」を起こすと言うのはそうそうあるモノでは有りません。しかし「ミラクル」はあるのです。大神様からその方々達の御霊(みたま)、御心を観(み)どう為されるか全ては大神様のみぞ知る事となります。 誠にありがとうございます。